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最高裁判所第二小法廷 昭和43年(オ)314号 判決

上告人

右代表者法務大臣

中村梅吉

右指定代理人

上田明信

外一名

被上告人

堀節治

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人上田明信、同林倫正の上告理由について。

論旨は、要するに、原判決が、昭和三七年法律第四四号による改正前の所得税法(昭和二二年第二七号。以下「旧所得税法」という。)のもとにおいて、雑所得として課税の対象とされた金銭消費貸借上の利息損害金債権が右課税処分に対する不服申立期間の経過後に貸倒れにより回収不能となつた場合、国は、その課税処分の取消しをまつまでもなく当然に、右処分に基づいて先に徴収した税額相当額を不当利得として納税者に返還する義務を負うと判断したのは、同法一〇条の解釈適用を誤つたものである、と主張する。

よつて、按ずるに、旧所得税法は、一暦年を単位としてその期間ごとに課税所得を計算し、課税を行うこととしている。そして、同法一〇条が、右期間中の総収入金額又は収入金額の計算について、「収入すべき金額による」と定め、「収入した金額による」としていないことから考えると、同法は、現実の収入がなくても、その収入の原因たる権利が確定的に発生した場合には、その時点で所得の実現があつたものとして、右権利発生の時期の属する年度の課税所得を計算するという建前(いわゆる権利確定主義)を採用しているものと解される。この建前のもとにおいては、一般に、一定額の金銭の支払を目的とする債権は、その現実の支払がされる以前に右支払があつたのと同様に課税されることとなるので、課税後に至りその債権が貸倒れ等によつて回収不能となつた場合には、現実の収入がないにもかかわらず課税を受ける結果となることを避けられない。この場合、旧所得税法の解釈として、右貸倒れにかかる債権が事業所得を構成するものであるときは、事業上の貸倒れが事業遂行に伴う不可避的損失であることから、その損失額を当該貸倒れ発生年度の事業所得の計算上必要経費に算入することが許されるが、非事業上の債権の貸倒れの場合については、右のごとき措置は認められず、ほかに同法には格別の救済方法が定められていなかつたのである。しかし、そのことのゆえに、非事業上の債権の貸倒れの場合について同法がなんらの救済も認めない趣旨であつたと解するのは相当でない。

もともと、所得税は経済的な利得を対象とするものであるから、究極的には実現された収支によつてもたらされる所得について課税するのが基本原則であり、ただ、その課税に当たつて常に現実収入のときまで課税できないとしたのでは、納税者の恣意を許し、課税の公平を期しがたいので、徴税政策上の技術的見地から、収入すべき権利の確定したときをとらえて課税することとしたものであり、その意味において、権利確定主義なるものは、その権利について後に現実の支払があることを前提として、所得の帰属年度を決定するための基準であるにすぎない。換言すれば、権利確定主義のもとにおいて金銭債権の確定的発生の時期を基準として所得税を賦課徴収するのは、実質的には、いわば未必所得に対する租税の前納的性格を有するものであるから、その後において右の課税対象とされた債権が貸倒れによつて回収不能となるがごとき事態を生じた場合には、先の課税はその前提を失い、結果的に所得なきところに課税したものとして、当然にこれに対するなんらかの是正が要求されるものというべく、それは、所得税の賦課徴収につき権利確定主義をとることの反面としての要請であるといわなければならない。

もとより、いつたん適法、有効に成立した課税処分が、後発的な貸倒れにより、遡つて当然に違法、無効となるものではないが、その貸倒れによつて前記の意味の課税の前提が失われるに至つたにもかかわらず、なお、課税庁が右課税処分に基づいて徴収権を行使し、あるいは、既に徴収した税額をそのまま保有することができるとすることは、所得税の本質に反するばかりでなく、事業所得を構成する債権の貸倒れの場合とその他の債権の貸倒れの場合との間にいわれなき救済措置の不均衡をもたらすものというべきであつて、法がかかる結果を是認しているものとはとうてい解されないのである。

そこで、以上の見地に立つて考察するに、所得税法は、具体的な租税債権及びその数額が法規の定める課税要件の充足と税額計算方法によつて自動的に確定するものとはしないで、課税所得及び税額の決定ないし是正を課税庁の認定判断にかからしめているのであるから、かような制度のもとでは、債権の後発的貸倒れの場合にも、貸倒れの存否及び数額についてまず課税庁が判断し、その債権確定時の属する年度における実所得が貸倒れにより回収不能となつた額だけ存在しなかつたものとして改めて課税所得及び税額を算定し、それに応じて先の課税処分の全部又は一部を取り消したうえ、既に徴税後であればその部分の税額相当額を納税者に返還するという措置をとることが最も事理に即した是正の方法というべく(前記昭和三七年法律第四四号による改正後の所得税法一〇条の六、二七条の二参照)、課税庁としては、貸倒れの事実が判明した以上、かかる是正措置をとるべきことが法律上期待され、かつ、要請されているものといわなければならない。

しかしながら、旧所得税法には、課税庁が右のごとき是正措置をとらない場合に納税者にその是正措置を請求する権利を認めた規定がなかつたこと、また、所得税法が前記のように課税所得と税額の決定を課税庁の認定判断にかからしめた理由が専ら徴税の技術性や複雑性にあることにかんがみるときは、貸倒れの発生とその数額が格別の認定判断をまつまでもなく客観的に明白で、課税庁に前記の認定判断権を留保する合理的必要性が認められないような場合にまで、課税庁自身による前記の是正措置が講ぜられないかぎり納税者が先の課税処分に基づく租税の収納を甘受しなければならないとすることは、著しく不当であつて、正義公平の原則にもとるものというべきである。それゆえ、このような場合には、課税庁による是正措置がなくても、課税庁又は国は、納税者に対し、その貸倒れにかかる金額の限度においてもはや当該課税処分の効力を主張することができないものとなり、したがつて、右課税処分に基づいて租税を徴収しえないことはもちろん、既に徴収したものは、法律上の原因を欠く利得としてこれを納税者に返還すべきものと解するのが相当である。

これを本件についてみるに、原判決(その引用する第一審判決を含む。以下同じ。)によれば、被上告人は、大沢金備外二名を連帯債務者とする非事業上の金銭消費貸借につき、昭和二八年中に発生した利息損害金として合計四六万八一一八円の債権を有していたところ、所轄税務署長は、これを被上告人の同年分の雑所得と認定して、昭和三一年一一月二〇日原判示更正処分をし、次いで被上告人に対する滞納処分によつてその税額を徴収したが、その後右利息損害金債権が貸倒れにより回収不能となつたので、昭和三六年七月一九日被上告人は債務者らとの裁判上の和解により右債権全部を放棄した、というものであつて、右和解に至るまでの経緯について原判決の確定するところをも綜合勘案すれば貸倒れの存在及びその数額は客観的に明白で、係争年度における課税所得及び税額の決定につき課税庁に前記の認定判断権を留保する合理的必要のない場合に当たるものと認めることができる。

してみると、右貸倒れ債権額に対応する徴収税額二四万三三一五円は、上告人においてこれを被上告人に返還すべきものであり、これと同旨の原審の結論は正当というべきである。原判決に所論の違法はなく、所論引用の判例は、課税処分に当初より所得誤認の瑕疵があつた場合に関するものであるから、事案を異にし本件に適切でない。論旨は、ひつきよう、以上と異なる見解に立脚して原判決を攻撃するものであつて、採用することができない。

よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。

(吉田豊 岡原昌男 小川信雄)

〈上告理由省略〉

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